知的障害のあるお子さんに財産を残すとき、考えることは「いくら残すか」だけではありません。残したものを誰がどう管理するのか。分けにくい不動産をどうするのか。親が元気なうちに決めておけることを、公的な資料にあたって整理しました。以下は現行法にもとづく説明です。
遺言で決められること、決められないこと
まず、できることから。財産の全部について分け方を遺言で決めておけば、遺産分割協議をしなくて済みます。親が後見人を兼ねる場合は、遺産分割で親と子の利害がぶつかるため、家庭裁判所に特別代理人を選んでもらう必要があります。協議が要らなくなれば、その手間もなくなります。
- 財産の全部の分け方
- 決めておけば遺産分割協議が要らない
- 親が後見人を兼ねる場合の特別代理人の選任も要らなくなる
- 本人に代わって手続きをする人。預金をおろす、施設の費用を払う、名義を書き換える(遺言は成年後見の代わりにならない)
- 遺留分。兄弟姉妹以外の相続人に法律で保障された最低限の取り分(民法1042条)
遺言は、成年後見の代わりにはなりません。受け取った財産を管理する人は、やはり別に必要です。
遺留分も、遺言では動かせません。お子さんに多く寄せればごきょうだいの遺留分を侵し、逆に減らせばお子さんの遺留分が侵され、その請求にはやはり代理する人が要ります。どちらに振っても、後見の話に戻ってきます。
相続が起きたあと、その役目を誰が担うのかという話は、知的障害のある子の相続と後見人にまとめました。後見人を複数立てるという選び方もご説明しています。
なお、令和8年(2026年)の法改正で、遺言の作り方も変わります。パソコンなどで作った遺言を法務局が保管する方式(保管証書遺言)が新しくでき、押印は任意になります。施行は、押印の任意化が公布から1年以内、保管証書遺言は3年以内で、いずれも政令で定める日です。押印の任意化は、成年後見の見直しより先に始まります。
出典:法務省「民法等の一部を改正する法律(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」
自宅や土地があるとき
財産に不動産が含まれると、止まりやすいところが3つあります。
1
売主が決まらない
分け方が決まるまで売りに出せません。判断が難しい相続人を代理する人が決まるまで、ここで止まります
2
家庭裁判所の許可
お子さんの住まいを後見人が売るには、家庭裁判所の許可が要ります(民法859条の3)
3
共有は動かしにくい
ごきょうだいの共有にすると、全体を売るには全員の同意が要ります。持分だけでは買い手がつきにくいのが実際です
1. 分け方が決まるまで、売主が決まりません
遺産分割で誰が相続するかが決まらないうちは、不動産を売りに出せません。売主が決まらないためです。判断が難しい相続人がいる場合、その方を代理する人が決まるまで、ここで止まります。
これとは別に、決済の日までに名義を相続人へ移しておく必要があります(相続登記)。相続登記には期限もあります。手順は三鷹市の空き家・相続した家の売却にまとめました。
2. お子さんの住まいを売るには、家庭裁判所の許可が要ります
成年後見人が本人に代わって、居住用の建物やその敷地を処分するときは、家庭裁判所の許可を得なければならないと定められています(民法859条の3)。売却だけでなく、賃貸、賃貸借の解除、抵当権の設定なども対象です。後見人が「売ったほうがよい」と考えても、それだけでは売れません。
施設に入っているなど、いま現に住んでいない場合でも、生活の本拠だった建物は対象になることがあります。「もう住んでいないから許可は要らない」とは限りません。
居住用でない不動産には、この許可は要りません。ただし後見監督人がついているときは、不動産の処分にその監督人の同意が必要になります(民法864条、13条1項3号)。
3. 共有にすると、動かしにくくなります
不動産をごきょうだいの共有にした場合、その不動産全体を売るには共有者全員の同意が必要とされています。相続人の一人に成年後見人がついていれば、その後見人が関わります。居住用であれば、あわせて家庭裁判所の許可も要ります。
自分の持分だけを単独で売ることはできますし、共有物の分割を請求することもできます(民法256条)。とはいえ、持分だけでは買い手がつきにくいのが実際のところです。よかれと思って持分を分けた結果、長く動かせない財産になることがあります。
だからこそ、親が元気なうちに不動産の行き先を決めておく意味があります。誰が引き継ぐのか。お子さんが住み続けるのか。それとも売って現金にしてから分けるのか。
現金は分けやすく、生活費にも充てやすい財産です。一方で、住み慣れた家を離れることがご本人の負担になる場合もあります。どちらがよいかは、ご家族ごとに違います。当社がお手伝いできるのは、この不動産の部分です。売るとしたらいくらか、どのくらいの期間がかかるか、持ち続けるとどうなるか。判断の材料をお出しします。査定の考え方は不動産査定にまとめています。
お金で残すときの仕組みと、税の扱い
現金や預金をそのまま残すと、管理する人が要ります。そこで、渡し方そのものに仕組みを組み込む方法と、相続税の負担を軽くする制度があります。
渡し方の仕組み
特定贈与信託
信託銀行などに財産を預け、生活費や医療費を定期的に渡していく。特別障害者は6,000万円、それ以外の特定障害者は3,000万円まで贈与税がかからない
渡し方の仕組み
しょうがい共済
保護者が掛金を納め、亡くなったあとお子さんに年金が生涯支払われる。1口月額2万円、2口まで。掛金は所得控除、年金は非課税、受給権は相続税・贈与税の対象外
税の軽減
相続税の障害者控除
相続税額から85歳までの年数1年につき10万円(特別障害者は20万円)を差し引く。引ききれない分は扶養義務者の相続税から
特定贈与信託
信託銀行などに財産を信託し、そこから生活費や医療費を定期的に渡していく仕組みです。特定障害者を受益者とするこの信託について、特別障害者は6,000万円まで、特別障害者以外の特定障害者は3,000万円まで、信託財産の価額に贈与税がかかりません。
特別障害者以外で対象になるのは、精神に障害がある方です。身体障害だけの場合は、この3,000万円の枠には入りません。どちらの区分に当たるかは障害の程度によります。
利用するときは「障害者非課税信託申告書」を出します。提出先はお子さんの納税地を管轄する税務署長で、信託会社などの営業所を通して提出します。信託銀行や税理士の先生にご確認ください。
出典:国税庁 タックスアンサー No.4405「贈与税がかからない場合」
心身障害者扶養共済制度(しょうがい共済)
保護者が掛金を納め、その保護者が亡くなったとき、または重度障害の状態になったときから、障害のあるお子さんへ年金が生涯支払われる制度です。都道府県と指定都市が実施しています。
年金は1口あたり月額2万円で、2口まで加入できます。掛金は加入時の年齢に応じて7段階に分かれ、月額9,300円から23,300円です。加入できるのは、その都道府県・指定都市に住所があり、加入する年度の4月1日時点で65歳未満で、特別の疾病または障害がなく生命保険契約の対象となる健康状態の保護者です。
税の扱いも決まっています。掛金は所得税・地方税の対象となる所得から控除されます。受け取る年金に所得税はかかりません。年金を受ける権利は、相続税・贈与税の対象になりません。
出典:独立行政法人福祉医療機構「しょうがい共済制度のごあんない」
相続税の障害者控除
相続や遺贈で財産を取得した障害のある法定相続人は、相続税額から一定額を差し引けます。85歳になるまでの年数1年につき10万円、特別障害者は1年につき20万円です。1年未満の期間は、切り上げて1年として計算します。
お子さんが若いほど、差し引ける額は大きくなります。控除しきれない分は、そのお子さんの扶養義務者の相続税額から差し引きます。扶養義務者とは、配偶者、直系血族、兄弟姉妹のほか、3親等内の親族のうち一定の方をいいます。
注意点が2つあります。適用を受けるには、財産を取得したときに日本国内に住所があり、そのときに障害者であり、法定相続人であることが必要です。そして、今回より前の相続でも障害者控除を受けているときは、控除額が制限されることがあります。父の相続と母の相続で二度使うつもりでいると、見込みがずれます。
出典:国税庁 タックスアンサー No.4167「障害者の税額控除」
よくあるご質問
きょうだいに多めに残して、そこから面倒を見てもらうことはできますか。
負担付遺贈という形はあります。負担が果たされないときは、相続人が期間を定めて履行を催告し、それでも果たされなければ家庭裁判所に遺言の取消しを請求できます。ただ、そこまで動く人が必要です。受け取った側の事情が、何十年かのあいだに変わることもあります。ご本人のために使われる形が確保できる方法と組み合わせて考えることになります。弁護士や司法書士の先生にご相談ください。
家を残すのと、売って現金で残すのと、どちらがよいですか。
一概には言えません。判断の材料になるのは、お子さんがその家に住み続けるのか、住まないなら維持費と管理を誰が負うのか、売るとしたらいくらになるのか、といったところです。売却の見込みと期間については、当社でお調べしてお伝えできます。
賃貸に出している物件を残すのはどうですか。
家賃が入る一方で、判断し続けなければならないことが残ります。空室が出たときの募集条件、修繕をするかどうか、入居者への対応。これを誰が担うのかを決めておく必要があります。後見人が管理することになった場合、後見監督人がついていれば、売却にはその同意が要ります。
まだ何も決めていないのですが、何から考えればよいですか。
財産の一覧をつくるところからで構いません。何がどこにあるか、不動産はどういう状態か。それが分かると、分けやすい財産と分けにくい財産が見えてきます。そのあとで遺言や信託の設計に入るほうが進めやすいと思います。不動産の状態を調べる部分は、当社でお手伝いできます。
制度の設計そのものは、弁護士・司法書士・税理士の先生の領域です。相続に伴う不動産のご相談は、方針が固まっていない段階でも承っています。
その他のテーマは不動産コラムにまとめています。