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アパートや貸家は、持ち主が亡くなった日から、入居者との約束ごと相続人に引き継がれます。家賃の入金、故障の連絡、契約の更新は、その日も止まりません。
ところが、受け継いだ子は、契約書がどこにあるか、どの業者に頼んでいたか、どの部屋の鍵がどれかを知らないことがよくあります。元気なうちに少し整えておくだけで、子の手間は大きく変わります。
このページでは、引き継ぐ前に整えることを「渡す書類」「決めること」「家族で話すこと」の3つに分けてまとめます。相続税の評価のしかたは貸家建付地とは|貸している家は相続税の評価が下がる理由で扱うので、ここでは生前の準備に絞ります。税と法律の判断は、税理士の先生、弁護士の先生、司法書士の先生に確かめてください。
このページのポイント
- 「物件ファイル」を1冊作ります。契約書、入居者の一覧、修繕の記録、点検の記録、業者の連絡先、鍵の表を1か所にまとめます。
- だれが継ぐかを決め、遺言などの形にしておきます。何人かで共有にすると、修繕や売却のたびに共有者どうしの話し合いが要ります。
- 家賃の受け取り口座、管理の任せ方、判断が難しくなったときの備えを、家族と話しておきます。
このページの内容
1. 引き継ぎで子が困ること
相続でアパートを受け継いだ人が、最初の数か月でぶつかることを並べました。裏返すと、これが生前に整えておくことの一覧になります。
| 子が困ること | 生前に整えておくこと |
|---|---|
| 契約書が部屋ごとにばらばらで、どこにあるか分からない | 8戸分の契約書を1冊にとじ、一覧表を付ける |
| 家賃の振込先が親の口座で、亡くなると口座が使えなくなることがある | 家賃専用の口座にしておく(4章の②) |
| 故障のとき、どの業者に頼めばよいか分からない | 業者の連絡先と、これまでの修繕の記録 |
| 消防設備の点検をいつしたか分からない | 点検と報告の控え |
| 鍵がどの部屋のものか分からない | 鍵の表 |
| 相続人の間で、だれが継ぐかが決まらない | 遺言など、だれが継ぐかを決めた書面 |
| 親が確定申告で何を経費にしていたか分からない | 過去数年分の申告書の控え |
引き継いだ子の声(4章のAさん。説明のための仮の例です)
「父は修繕の領収書を年ごとの封筒にまとめていたので、エアコンを替えた年や、排水管を掃除した年がすぐに分かりました。反対に、外壁や屋根の封筒はなく、新築から大きな工事をしていないことも、そこで分かりました。」
2. 渡す書類:「物件ファイル」の中身
次の表のとおりに、1冊のファイルにまとめます。パソコンの表計算と、紙の両方があると安心です。
| とじる物 | 中身 | 関連するコラム |
|---|---|---|
| 入居者の一覧 | 部屋番号、名前、入居日、家賃、共益費、敷金の預かり額、契約の終わる日、保証人か保証会社か | ― |
| 賃貸借契約書 | 部屋ごとの契約書と更新の書類 | 賃貸借契約書で大家が確かめる条項 |
| 管理委託の契約書 | 管理会社に任せていればその契約 | ― |
| 修繕の記録 | いつ、どこを、どの業者で、いくらで直したか | アパートの大規模修繕|外壁・屋上の時期 |
| 点検の記録 | 消防設備の点検・報告の控え | 賃貸物件の法定点検|消防設備・受水槽など |
| 保険の証券 | 建物の火災保険、賠償責任保険 | 賃貸物件の火災保険と施設賠償 |
| 業者の連絡先 | 水道、電気、鍵、清掃、植木など | ― |
| 鍵の表 | 部屋ごとの鍵の種類、交換の記録、本数 | 入居者が替わるときの鍵の交換は誰が払う |
| 苦情の記録 | 受け付けた苦情と対応 | 入居者からの苦情の記録の残し方 |
| 税の書類 | 確定申告書の控え、固定資産税の通知、建物の減価償却の明細 | ― |
| 建物の書類 | 登記事項証明書、建てたときの図面、確認済証 | ― |
3. 決めること
① だれが継ぐか
相続人が何人かいて、だれが継ぐかが決まっていないと、遺産分けの話し合いがまとまるまで、アパートは相続人みんなの共有になります。
その間の家賃は、相続人がそれぞれ受け取ります
最高裁の判決(平成17年9月8日)で、各相続人が相続分に応じて受け取るもので、あとの遺産分けの影響を受けないとされています。つまり、話し合いが長引くと、家賃の分け方も、修繕の決め方も、相続人みんなで調整することになります。
だれが継ぐかを決めて、遺言などの形にしておくと、この調整が減ります。
3,900円
預ける手数料(1件)
検認なし
亡くなったあとの家庭裁判所の「検認」(遺言書の中身を確かめる手続き)が要らない
※遺言の書き方と、ほかの相続人とのバランスは、弁護士の先生や司法書士の先生に相談してください。
② 共有にするか、1人にするか
何人かの子に平等に分けたい、と考える親は多いものです。
共有にする
- 売却や建て替えには、共有者全員の合意が要る
- ふだんの管理(修繕の多くや、短い期間の賃貸の契約など)も、持ち分の過半数で決める(民法251条・252条)
1人が継ぐ
- ほかの子には預金などで調整する、という分け方もある
※どれがよいかは家族の事情で変わるので、早めに家族で話しておきます。
③ 管理をどうするか
子が遠くに住んでいる、仕事が忙しいなら、自分で管理するのは難しいことがあります。
元気なうちに、管理会社に一部を任せてみる方法も
今、親が自分で管理しているなら、元気なうちに管理会社に一部を任せてみて、子が引き継ぎやすい形にしておく方法もあります。
④ 判断が難しくなったときの備え
持ち主が認知症などで判断が難しくなると、契約の更新や修繕の契約、売却を、本人が結べなくなることがあります。備えとして、次の2つがあります。
| 備え | 仕組み | いつから動くか |
|---|---|---|
| 家族信託 | 元気なうちに、アパートの管理や処分を家族(子など)に任せる契約を結ぶ。任された家族が、契約で決めた範囲で、賃貸の契約や修繕、売却をする | 契約で決めた時から(元気なうちから動かせる) |
| 任意後見 | 元気なうちに、判断が難しくなったときに手続きを任せる人と中身を、公正証書の契約で決めておく | 判断が難しくなったあと、家庭裁判所が「任意後見監督人」(任された人を見守る人)を選んだ時から |
家族信託
任せる範囲を細かく決められる一方、契約の作り方に手間と費用がかかる
任意後見
家庭裁判所の見守りの下で動くので安心感がある一方、思い切った売却などには向かないことがある
※どちらが合うかは、司法書士の先生や弁護士の先生に相談してください。
4. ケーススタディ:Aさんが「次の代」のために作った物件ファイル
※人物・数字は説明のための仮の例です。
Aさん(50代)は、父が2008年に建てた木造アパート(1K・8戸・家賃6.5万円)を相続しました。Aさんも、いずれこのアパートを自分の子に引き継ぐ立場です。そこで、父の残した記録(1章の囲み)を土台に、次の代のための「物件ファイル」を1年かけて作りました。
① 1年目にしたこと
2章の表の物を、1年かけて順にそろえました。最初の3か月で入居者の一覧と契約書、半年までに修繕の記録、残りの半年で鍵の表と業者の連絡先です。父の書類で分からなかった消防設備の最後の報告日は、消防署に電話して確かめました。最後に、家族にファイルの置き場所を伝えました。
② 家賃の口座を分けた
父のやり方
生活費と同じ口座
家賃を生活費と同じ口座で受け取っていました。
Aさんのやり方
家賃専用の口座
入居者に振込先の変更を書面で知らせました。家賃、修繕費、税金の出入りが1つの口座で分かるので、確定申告も、次の代への引き継ぎも楽になります。
親の名前の口座は、亡くなったことを銀行などが知ると止まるのが一般的です。そのあとの振込先と、入居者への知らせ方も、家族で決めておきます。
③ 修繕の記録を1枚の表にした
| 年 | どこを | 内容 | 費用 | 業者 |
|---|---|---|---|---|
| 2008 | 全体 | 新築 | ― | ― |
| 2018 | 全戸 | 排水管の高圧洗浄 | 領収書あり | 〇〇設備 |
| 2022 | 3戸 | エアコンの交換 | 領収書あり | 〇〇電気 |
| 2023 | 共用廊下 | 照明をLEDに | 領収書あり | 〇〇電気 |
| 2026 | 全戸 | 住宅用火災警報器の交換 | 見積もり中 | ― |
| 2027(予定) | 外壁・屋根・鉄部 | 足場を1回で済ませる一体工事 | 見積もり済み | ― |
※年と中身は説明のための仮の例です。
この表があると、次に何をいつ直すかの見通しが立ちます。大規模修繕の計画も、この表から始められます。
④ 家族と話したこと
Aさんは、年に一度、お盆に家族が集まるときに、次の3つを話すことにしました。
- 1ファイルの置き場所置き場所と、今年変わったこと(入居者の入れ替わり、修繕)
- 2いずれだれが継ぐか継いだ人が管理を続けられるか
- 3遺言を書くかどうか書くなら、いつ弁護士の先生や司法書士の先生に相談するか
1回で決める必要はありません
毎年少しずつ話しておくと、いざというときに家族が慌てずに済みます。
5. 税の手続きで知っておくこと(青色申告と小規模宅地等の特例)
相続のあと、子が家賃の確定申告を青色申告で続けるには、子が自分で税務署に申請し直す必要があり、その申請には期限があります。国税庁の案内では、亡くなった親が青色申告をしていた場合、亡くなった時期で次のように変わります。
| 親が亡くなった時期 | 子の申請の期限 |
|---|---|
| 1月1日〜8月31日 | 亡くなってから4か月以内 |
| 9月1日〜10月31日 | その年の12月31日 |
| 11月1日〜12月31日 | 翌年2月15日 |
親が白色申告だったときなどの期限は、大家の確定申告|不動産所得の計算にまとめています。期限が短いので、家族の中で「青色申告をしている」ことだけは伝えておきます。
相続の直前に貸し始めた土地は、特例の対象外になりやすい
相続税の小規模宅地等の特例(貸付事業用宅地等)は、亡くなる前3年以内に新しく貸し始めた土地は、原則として対象外です(3年を超えて事業的な規模で貸していた人の場合などの例外があります)。「相続の直前に、空き地を駐車場にして貸す」といった動きは、思ったようにならないことがあります。
相続税の計算は貸家建付地とは|貸している家は相続税の評価が下がる理由で扱います。具体的な判断は、必ず税理士の先生に確かめてください。
6. 入居者に知らせることを決めておく

持ち主が亡くなったあと、入居者は「家賃はどこに払えばよいのか」「故障はだれに言えばよいのか」が分からなくなります。受け継いだ子が書面で知らせる中身を、あらかじめ決めておくと、引き継ぎがなめらかになります。
- 知らせる中身:賃貸借契約書で大家が確かめる条項の「相続した直後に、入居者へ知らせること」
- 相続でアパートを受け継いだあとの流れ:相続した賃貸アパート|入居者がいるまま売るか、持ち続けるか
- 入居者への連絡:相続したアパート|管理会社・入居者・保証会社への連絡
- 相続のあとの家賃の受け取り:相続したアパートの家賃は誰のものか|亡くなった後の家賃
相続の手続き全体を整理したい方は、まとめる相続もご覧ください。
よくあるご質問
Q. 子が遠くに住んでいて、アパートを継いでも管理できそうにありません。
管理会社に任せる方法と、売ることを含めて考える方法があります。元気なうちに子と話し、子の意向を聞いておくことが大切です。売るかどうかの判断は、家族で時間をかけて決めてください。
Q. 物件ファイルは、紙とデータのどちらがよいですか?
両方あると安心です。紙は家族が見つけやすく、データは書き足しやすいからです。データには入居者の個人の情報が入るので、パスワードを付けて保管してください。
Q. 生きているうちに、子にアパートを渡す方法はありますか?
贈与(生きているうちにあげること)や、建物だけを渡す方法などがあります。贈与税や登記の費用がかかり、向き不向きがあります。税理士の先生と司法書士の先生に相談してください。
Q. 入居者に、持ち主の家族のことまで伝えておくべきですか?
伝える必要はありません。ただ、管理会社か、緊急の連絡先がどこかは、入居者に分かるようにしておいてください。持ち主に何かあっても、故障の連絡が止まらないようにするためです。
アパートや貸家は、持ち主が亡くなった日から、入居者との約束ごと子に引き継がれます。契約書、入居者の一覧、修繕と点検の記録、鍵の表を「物件ファイル」1冊にまとめておきます。だれが継ぐか、管理をどうするか、判断が難しくなったときの備えを、元気なうちに家族と話します。
出典:民法 第251条・第252条・第896条・第898条(e-Gov法令検索)/最高裁判所 平成17年9月8日 第一小法廷 判決(平成16(受)1222)/法務局における遺言書の保管等に関する法律 第11条(e-Gov法令検索)/法務省「任意後見制度について」/法務省「自筆証書遺言書保管制度」/国税庁「No.2070 青色申告書を提出することの承認申請」/国税庁「No.4124 小規模宅地等の特例」/国税庁「No.4614 貸家建付地の評価」
その他のテーマは不動産コラムにまとめています。